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【考察】「ぬすみはげどう?」2部5曲目(13)を読み解く【その3】 2008.12.31[水]

動画&歌詞その1その2その3その4


【個人的考察つづき
"赤の時代"。レンは語り出します。

ぬすみはげどう?」は、レンにとっての"赤の時代"。そして、"赤の時代"の終焉を描く歌です。
このシーンは、"赤の時代"のレンの心境を、ボーカロイドになったレンが振り返るという形式を取っています。
当時のレンを今のレンはどう思っているのでしょう。
そして『最後の手段』に出るときにレンは何を思い出していたのでしょう。

その2を読んでからご覧ください。


■ダブルミーニング
あちこちで言及されているのが、タイトルである「ぬすみはげどう?」の意味です。

これはレンのジレンマをよく表現しているといえます。
"赤の時代"で、『一つ 二つ盗む』ことを繰り返していたレン。(「ひとりにしないで。」)
ボーカロイドになった現在でも『未だスリ』をしていました。(「ゆめをみようよ。」)
三つ子の魂百まで。一度染みついた性癖は簡単にはなおりません。
だからレンの根本的な性質においてタイトルは、「盗み禿同」。
しかし、後に明かされるようにこの「盗み」のせいでレンは取り返しのつかない過ちを犯してしまいます。
俺は罪を犯した』。現在のレン、"赤の時代"を知ったレンは「盗み禿同」である性質を憎み、嘆いたことでしょう。よって現在のレンにとってのタイトルは、「盗みは外道」。
"赤の時代"の記憶を取り戻す前と、取り戻した後。同じレンであっても中身は変化しました。
言うならば、「鏡音レン」という言葉もダブルミーニングだといえます。

「盗みは外道」だとわかっているけれど、盗むことをやめられない。
「盗み禿同」な気持ちは、どこから来るのだろう。

ラジオから流れるミクの曲を聴きながら、レンは回想します。


■人間ですらなかったんだ
鎖を外せ! 俺は行くのさ』から始まる前半部分は"赤の時代"のレン(以降、赤いレン)のパートです。

鎖につながれていたらしい赤いレンは、鎖を噛み切って走り出します。
目的地は、『あの娘の元』。『あの娘』とは、"赤の時代"のリン(以降、赤いリン)のことですね。
赤いレンは『ガキの相手』を誰か(?)から仰せつかっていたようですが、それには知らんぷり。
他を当たれよ』と言い捨てて、赤いリンへ思いをはせています。

状況を整理しましょう。
赤いレンは、赤いリンではない誰かに鎖につながれていました。そして、近くに赤いリンはいない
次作「なやみむようっ!!」で明かされますが、
このときすでに赤いリンは赤いレンを他人に預けていました。
理由は「仕事」のため。赤いリンはロシアを離れなければなりませんでした。
赤いレンを連れていくことはできない。赤いリンは覚悟の上で赤いレンから離れたのでした。
しかし、事情も覚悟も知らない赤いレン。
いつも一緒にいた赤いリンが自分の前からいなくなるなんて、赤いレンには想像だにしない出来事。
つながれていた『鎖を噛み切って』まで、赤いリンに会いに行こうとします。

ここで気になることをいくつか取り上げましょう。
まず、赤いレンを鎖につないでいたのは誰か?ということです。
編者は「サザエさん一家」(磯野家)だと推測します。

などが理由として挙げられます。
赤いリンはロシアを離れる前に、懇意にしていた磯野家へ赤いレンを預けたのです。

でも、現在のリンとレンは同い年(14歳)ですよね?
"赤の時代"の二人も同い年ではないのでしょうか。
赤いリンは事情を説明すればよかっただけじゃないでしょうか。
また、赤いリンがわざわざよそに預けなくても一人で自活できるだけの力を持っていたのではないでしょうか?
…と、この期に及んで疑問を持つ人はいないですよね。
赤いレンは鎖につながれ、事情も説明されず、赤いリンによって他人に預けられた。
人間ですらなかったんだorz』。

レンは犬だったからです。


■犬
"赤の時代"で語られる物語は、二人の物語であり、独りと一匹の物語でもありました。

レンは"犬"。
この解釈は皆さんかなり深読みが多いですね。
「犬=組織の手下、下っ端」ということで、やはりレンは人間だったとする説もあります。
人間ですらなかったんだorz』は、自分の地位は犬以下だったという自虐的な表現、
鎖でつながれていたのは何か任務に失敗して監禁されていたからだ、
鎖は比喩で、実は人間関係などのしがらみだ、などとも取れます。

というのも、歌詞にはそのあたりが明言されていないんですよね。
赤いレンは比喩としての"犬"だったのか、文字通りの"犬"だったのか。
しうかさんの絵も、現在のレンの心象風景と言えばつじつまが合ってしまいますしね。
(だからこそ、解釈の幅が広がって面白いとも言えますが…)
しかし編者は、後者の「文字通りの"犬"だった」説を支持します。
理由は繰り返しになりますが、
赤いリンが赤いレンを「預ける」という行為、そして磯野家の好意的な描かれ方です。
赤いレンが犬だからこそ、起きた悲劇。そして奇跡



続きます≫その4

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